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2009.03.17 Tue銭ゲバ [drama]

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銭ずら。

長野県松本市で生まれ育った蒲郡風太郎は、左目に生まれつき醜い傷が有った。父親は最低のろくでなし、母親は気だては良いが病弱。それゆえ家庭は極貧で、ときには5円の金も無いほどであった。貧しいながらも懸命に生きてきた風太郎にとって、心の支えとなっていたのは、母親と風太郎に優しく接する近所の青年であった。しかし、治療費が払えない母は病死、自暴自棄になった風太郎は盗みに走り、それを咎めた青年を手にかけてしまう。それを機に、風太郎は生まれ故郷を飛び出し、成長して大企業の社長一家に取り入って、陰で金銭の為に殺人を繰り返すことになる。遂には、社長一家を死に追い込み、企業の乗っ取りに成功し、政界進出も果たす。しかし、栄耀栄華を極めた風太郎は、誰もが予期せぬ末路を辿ることになる。

死ぬ間際の妄想。とても深く悲しい。風太郎は残虐な殺人者である。許されるということなど決してない犯罪者である。だからこそ、「でも」、「だとしても」、という言葉に、道徳的な間違いを感じる。しかしそれでも、彼が爆死したとき、実に「無念」。そんな言葉が、私に浮かんだ。

本当はそうだ。本当はこうだ。本当はここにいた。本当はそこに居るはずだった。現実は妄想となり、妄想は現実となる。俺はここにいた。ここにいるんだ。本当は、ここにいるはずなんだ。

最後に風太郎が語る。どこかに俺のような奴はいる。間違ってはいなかった。しかしそれは巻き戻しにより語られた。そこで何を意味するのか。弱かった自分を、プライドで打ち消したのか。

ドラマの限界を感じたが、それを残念に思うということは、とても満足しているともとれる。風太郎のおかげで幸せになった人間もいる。それを忘れてはいけない。今の時代、贅沢病現代人の胸を叩く物語だと信じたい。自分も含め。感動しました。
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